武士道

日本には、宗教教育は存在しません。多少あるかもしれませんが、薄いです。外国の人はここをバカにしてきます。「何をベースに日本は、道徳教育をしているのか??」と疑問に思われるそうです。母国の道徳観・・・ここを意識する事は、とてもは働く上で重要な事だと思っています。

  • きとんと挨拶しなさい
  • 家族を大切にしなさい
  • 弱いものいじめはいけません
  • 一緒懸命働きなさい
  • 時間・約束を守りななさい

などなど、たくさんの日本では当たり前の道徳観があります。少しぐらい体調が悪くても仕事に来ることも、日本の道徳観あっての事だと思います。では、その道徳観の基礎となっているものは何かと思いました。なぜ日本人は、良く働くのか??なぜサービス業が上手く、おもてなしの精神があるのか??理解したいと思います。

武士道とは??

「義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義」からなる道徳心である事。社長が良く言われる、取るな、殺すな、火を出すな、弱い物いじめをするな、許すな、嘘つくな。に集約されていると思いますが、もう少し噛み砕て説明したいと思います。

全部で7つの徳から成り立っています。大きく分けて3ブロックです。

武士道を支えるサムライの基本条件として「義」と「勇」

人と向き合うときに大切な事「仁」と「礼」と「誠」

武士が命をかけたもの「名誉」と「忠誠」

となります。

「義」とは、人間としての正しい道です。つまり正義を示すモノになります。武士道の中でももっもと厳格な徳目であると思います。働く上でも「義」をしっかり持っているかどうか重要だと考えます。今後更にこの「義」の部分に価値が出てくると思っています。

何が?自分の中で正義なのか??何が許せないのか??この企画の目的・正しい道は何なのか??と敵的に考える事は重要です。「義」がぶれたり、分からなくなると何事も成功しない場合が多いです。しっかりと義を持って進めましょう。

武士道の中では、フェアプレイ精神として「義」が登場します。有名な話として、上杉謙信と武田信玄の戦争中の事です。第三者の今川氏真は、ライバルである武田信玄をこらしめる為に、商人が通るルートを絶ちます。塩が竹田信玄に届かなくなります。

すると領土に海のない、武田信玄にとっては、塩が手に入らずに、困ります。死活問題です。竹田信玄は、途方にくれます。そんな中、武田信玄に塩を送って援助したのが、敵対関係にあった上杉謙信です。

上杉謙信の手紙には、こう記されていたそうです。

「我が信玄殿と戦っているのは、矢弓の上であって、米や塩で戦っているわけではない。今後塩が必要なら我が国から供給しよう」

たとえ敵でも、困っている人には、手を差し伸べるのが武士。間違っても商売ではありません。戦争です。生きるか死ぬかです。どんな姑息な手を使っても勝ちにこだわる必要があります。しかし上杉謙信は「武士の美学」に拘った事になります。本当に日本男児カッコイイですね。これだけ地球で戦争が起こっていますがこにような戦争時代の美談は、海外には少ないです。敵を敵が救う・・・戦争中では類を見ない珍しい出来事だと思います。まじ好きです。日本男児。

また「義」を体に例えるならば、骨である。骨がなければ首も正しく胴体の上につかずに手も足も動かない・・・つまり才能や、学問、商売が得意でも、義の精神が無ければ。何事も成功しないという事です。今後ますます偽物は除外されます。小手先野郎は、排除されると思っています。本物になりましょう。私も本物になりたいです。我々会社の中、業界の中を見つめ自分なりに、「義」を貫いてはどうでしょうか??自分が正しい思った事を胸を張って遂行しましょう。

「勇」とは、「義」を貫く為の勇気である事。勇気とは正しい事を実行する力である事。勇気とは、恐れるべきことと、そうでないことがわかることだ。とも言われています。

ただ単に勇気を出して、失敗する事は、勇気では無いという事です。もう一つ名言を記載します。無謀な戦いをする事が「勇」ではありません。

本当の勇気とは、生きるべきときに生き、死ぬべきときに死ぬことである。※徳川光圀

わざわざ危険を冒して死ぬことを「犬死に」と言い「匹夫の勇」※ひっぷのゆうと呼ぶそうです。

昔は、この「匹夫の勇」と新の勇気「大勇」の区別を学んでいたそうです。冬場に外で行う、寒風摩擦なども「勇」の鍛錬から始まったそうです。また処刑場の恐ろしい光景を、わざと子供たちに見せる事もあったそうです。失敗しない勇気を教える為です。なんともスパルタ教育ですね・・・

負け戦、犬死、匹夫の勇は、武士として避けるべきです。しかし、どうしても危険だと分かっていても戦わざる終えない状況も、男にはあります。それも武士道です。戦えて戦わない選択が出来るが理想です。戦えなくて、たまたまた、戦わなくて済んだ・・・これは避けましょう。

自分が間違いと思うことに対しては、ためらう事なく命をかけて戦わらなければなりません。「勇」をまっとうするためには、肉体的強さが不可欠だという事です。どんなに「義」を追及しても、いざという時、取っ組み合いのケンカも出来ないようであれば無意味であります。現代社会では、暴力を使う事無いと思っています。暴力位=悪だとレッテル貼りがえげつないです。弱い物イジメ以外の暴力は、悪でも何でもありません。また文句きそうだなぁー・・・笑

経営者の皆様が肉体を鍛錬するのも、武士道の教えからだと、思っています。現代は戦国時代みたいに、危険が無いかもしれませんが、通り魔的な頭のおかしい連中が増えている事も事実です。どんなに「義」を追及して仕事をしていても、暴漢に襲われて命を失っては意味がありません。病気をして死ぬことも同様です。勇気の基礎は、肉体です。肉体を鍛錬していざと言う時に備えておく必要があります。

人間としての思いやり、他社への憐みの心のことである。弱き者や、負けた者を見捨てない心、「義」と「仁」のバランスがとても大切であるという事です。

「義」と「勇」を男性的な強さと例えるならば、「仁」とは、女性的な優しさです。確かに自分が好む女性は「仁」を携えた女性かもしれません。と言うよりも「仁」ある女性がモテるんだと思います。感情のみで動く、喋る女性は、うっとおしいです。相手にもしないようにしましょう。

最近は、女性が「義」「勇」を出してくるからうっとおしいですね。逆に言えば、日本の男性が「義」「勇」を失った事も原因かもしれません。働く上で私は、この「仁」の徳がリーダーに必要不可欠な要素だと思っています。

説明する前に一つ、「武士の情け」と言う言葉があります。「仁」は裏切られる事も大いにあります。どんなに子供に対して、「仁」を持って教育して、「くそばばぁ」みたいな時期は来ます。そんな時、「仁」の精神があれば、乗り切る事が可能です。

部下との関係でも、大いに重要だと思っています。1度のミス。失敗程度で、ダメだとレッテルを張っていると、本当に裸の大将になってしまいます。どんなに部下に寄り添っているつもりでも、部下から影口言われます。こんな事は、当たり前の事だと想定しておきましょう。出世をすると仲間が増えると勘違いしている人もいます。まったくの逆です。出世をすると孤独になります。ただここで言う孤独は、孤立とは違います。「仁」の徳があれば、まったくその孤独が苦痛でない事も理解してもらえると思います。

また、裏切られ事を想定する力も「仁」だと思っています。母親のように、いつかは、あの人も分かってくれるだとう・・・と思う事が何よりも大切だと思っています。無償とまでは言いませんが、ある程度リーダーには、「無償の愛」に近い精神力が必要だと思います。難しい事ですが、他社への思いやりを忘れてはならない。「仁」の精神は、人の上に立つ者の必須項目だと思います。

 

「仁」の精神を育て、他社の気持ちを尊重することから生まれる謙虚さが「礼」である。

いらっしゃいませ。ありがとうございます。

「礼」とは、他社に対するやさしさを型としてあらわしたモノである。日本では古来より、お辞儀の仕方、歩き方、座り方など細かな規範が作られ、かつ学ばれて来ました。

特に、食事の作法は学問となり、茶の湯は、儀式を超え技術となりました。

礼の作法も気持ちがこもっていなければ、型をなぞっただけのわざとらしいものになると言う事も言えます。商売では「いらっしゃいませ」これを言えているスタッフが少ないです。

型をなぞった「いらっしゃいませ」は誰でも言えるでしょう。しかし心からお客様に対する、来店頂いたねぎらいのお言葉として、「いらっしゃいませ」が言える人は、少ないです。私も言える時と、言えない時があります。言える時は、自分の企画、自分が進めているお店、自分が販売に立っている時は心から100点の「いらっしゃいませ」が言えます。

しかし唐突にお客様が来られて時は、言えません。忙しい時の同様に言えません。弊社で一番「礼」をお極めた人は、やはり社長です。いつでも。どこでも「礼」がこもった「いらっしゃいませ」を遂行されます。

サービス業の基本は「礼」だと思っています。最近原点回帰として、一日1枚お礼の手紙を書くと言う行動をしております。今日、思い返して、感謝している人にお礼の手紙を書いています。少し体調を崩して止まっておりますが、今日からまた、開始しようと思っています。

今日までで、15枚程度書きました。本当に自分を見つめ直せる事はもちろんですが、手紙を書くと言う事の素晴らしさに気づきました。メール・ラインなどとはまったく違った効果がありあます。手紙がライン・メールなどに陥る連は「手軽さ」だけです。それ以外は、全て手紙が優秀です。

何よりも学んだ事は「姿勢」です。メール・ラインなどと違い、手紙を書く時は、決まった姿勢が必要になります。電車に揺られながらでは、書けません。文房具を揃えて、姿勢を正して書く必要があります。相手に感謝を伝える姿勢まで手紙では、表現出来ます。

もちろん効率は、凄く悪いです。1手紙を書くのに最低でも30分は必要です。

効率を超えた何かがあります。「礼」を表現する場合に効率化は無縁だと思っています。今後も1日1枚手紙を描き続けます。必ずあなたの所にも手紙がいずれ届くと思います。少々お待ちください。お土産、お祝い、贈り物も同様です。「礼」を形にする事がとても大切です。思ってただけでは伝わりません。時間と金を使ってお礼を可視化しましょう。おもてなしの意味も「物を使って礼を可視化する」がおもてなしの語源です。

「武士に二言は無い」「誠」とは、言った事を成す事ことである。

武士にとって嘘をつくことや、ごまかしは「臆病」な行為とみなされていました。私の大好き新選組が背負った言葉も「誠」です。

新選組とは、簡単に言えば、日本史上最後の剣客集団です。主君に対する「忠誠」の想いと「誠に生きる」という信念が込められています。

商人と武士ほど懸け離れた職業は無いだろうと言われていました。当時の日本の商人も仲間うちで道徳観をもっていたそうす。株仲間・両替商人・相場・手形など基本的な商制度です。逆に武士たちは、銭勘定をキライ、「誠」の精神に基づき証分さえも作らなかったそうです。

「士農工商」の精度悪い印象だと思いますが、モンテスキューは知恵ある制度だったと明言しております。

「貴族を商業からしめ出す事は、権力者に富を集中させない、素晴らしい政策である」

と明言しました。私も思っています。公務員・政治家などの報酬を金からモノに換えた方が良いです。金を持たせるから悪さしたり富が集中しておかしなことになります。

ビジネスにおいて、「誠」は、ほとんど存在していません。口約束は、ほとんど効果がありません。全て「契約書」です。人と人の約束よりも時には、契約書が重視されます。頭では理解しておりますが、少し今の商売のやり方は、不気味です。

もう少し未来になれば、全ての商談を録音するようになるでしょう。全ての商談スペースが自動録画機能が設置されるでしょう。「誠」を追及すればするほご、男気発言を上げ足を取られ、やりずらくなって行くでしょう。本当は、契約書も必要無いんです。会社対会社の取引がどんどん減っている昨今です。もう少しゆるく行きましょう。

全てのサラリーマンが自分は、社長の代打で商談している事を忘れずに、言った発言に対しては、「誠」の精神を持って遂行しましょう。そしてたまには、夢など大きな事ぐらい言える社会であって欲しいですね。笑

上げ足を取るスペシャリスト・あと出しジャンケンのスペシャリスト・を撲滅したいです。そして、これらの得意分野である、欠席裁判を日本から消滅させましょう。

名誉

ローマ帝国の衰退の原因の一つに、貴族が商業準じる事を許可した事も原因だと思っています。ごく少数の元老とその家族が富を独占したことも原因の一つだったと思っています。

権力者に金を持たせるとロクな事になりません。富の道が名誉の道ではないと認識する事がとても大切です。武士(サムライ)達は、金よりも「名誉」に拘った、いや拘りすぎたと言って良いと思います。結果苦労したのは、女性たちです。サムライの妻たち程、尊敬する人はおりません。

このサムライの妻達の頑張りを「内助の功」と呼びます。会社内でも同様です。案外目立った存在・キーマンを”支えている人が素晴らしかったりします”。色々な経営者の本を読んでいても思います。結局・・・奥様が素晴らしいのだと理解出来ます・・・笑

男が男を売る時に金の事を考えてはいけません。しかし現実問題、家を守る女性たちからすれば、金が無くては生活出来ません。そんな現実と理想の中間に居た当時のサムライの妻達と知り合いたいです。

また「名誉」と対極にあるのが、「恥」だと考えられています。人に笑われる事をしてはいけないと言う事です。仕事も同様です。人様に笑われたり、陰で文句言われるようなことはしてはいけません。商人とサムライが一番離れた存在だと言われていたと記載しましたが、今は、違います。サムライのような商売人が必要だと思っています。

名誉」をしっかりと意識して、俯瞰で自分を見た時に、自分が誇れる仕事をしたいと思っています。

武士道においての名誉とは、人としての美学を追及するための、基本の徳であると言えると思います。

究極の武士道とは、戦わずにして勝つ。負けるが勝ちと言う言葉が究極であると思っています。武士の究極の理想は「平和」である事は間違いありません。どう生きるか?どう死ぬのか?なんのために生きるのか?何のために働くのか?考える事が「名誉」を追及する基本だと思っています。人に恥じないも大切ですが、自分の恥じない働き方をしたいですね。

忠誠

これまでに紹介した徳目は、儒教思想に基づいたもので、あらゆる人に当てはめる事が出来る徳目でした。しかし「忠誠」に関しては武士特有の徳とされています。現代では少し受け入れる事が困難な項目だと思っています。しかし「忠誠」の徳を勉強すると、現代社会の争いに通じている部分が見え隠れします。

「忠誠」とは主君に対する、絶対的な従順のことである。一件その本質は、日本の封建社会が生み出した、政治理念にも思えますが、そうではありません。

「個人は国を担う国家の一部として生まれてくるのだ」※アリストテレス

「あなたは、今まで国家に生まれて、教育されてきたのに自分が国家の家来でないと、国家に向かって言えるか」※ソクラテス

つまり外国にも同じような考え方はあったという事です。

西洋の個人主義においては、主君に対して個人と別々の利害が認められているが、「武士道」において、個人・家族そして広くは組織・国家の利害は一体のものである。主君の命令は絶対だったが、奴隷では無かった。主君の間違った考えに対して、本物の武士たちは、命をかけて己の気持ちを訴えた。と言われています。

「忠誠」とは強制ではなく、自発的なものである。武士たちはあくまでも己の正義に値するものに対して、中世を誓ったという事です。

私は会社に対して、「忠誠」です。国に対しても「忠誠」です。これを言うと、右寄りだとか言われますが、そうではありません。私の正義と会社・国の正義が同じだと言うだけです。生まれが北朝鮮であれば、「忠誠」を示す事はありません。命をかけて間違いを正したいと思うでしょう。

会社も同様です。大川・家具業界に足りないのは、営業力です。モノではありません。営業会社・企画会社の存在が大川には必要です。この点を考えると私の正義と同じです。長い物に巻かれる。とも違います。自分が正しいと思うモノに、自発的に「忠誠」を誓う事は、男の子としてとても大切な事だと考えます。間違いなく、家具業界の事は、今の会社で学びました。会社の考えが基盤になって自分の業界に対する正義が、胸の中にあります。

自分の会社・業界・国に「忠誠」も誓えない連中に私が、負ける事はありません。私の正義は、しっかりとあります。そしてその正義を遂行する為に勇気を持って仕事を進めて行きます。時には、義に反する事もあるかもしれません。しかし仁を持って、正々堂々と戦って行きます。いつの日か自分が理想と現実のギャップが生まれ、自分の発言が「誠」になるように進めて行くきます。

まとめ

  • 義・・・自分が思う正義を持つこと。(企業理念と自分の理念を擦り合わせ)

  • 勇・・・自分が思う、正義を遂行する力。本当の勇気を追及する。(企業理念に沿った行動商売を遂行する)

  • 仁・・・弱気を助け、強気をくじく精神を持つ。女性のような徳である。(他社に対して、思いやりを持つ)

  • 礼・・・他社への感謝の気持ちを型にして表現する事。(会社内でも感謝の気持ちを型にする事を忘れない)

  • 誠・・・自分の発言、行動に責任を持つ。信じた道を追及する力を持つ。(取引先様の為に一緒懸命頑張る)

  • 名誉・・恥じる事をせずに、誇れる行動をする。(会社の名誉と自分の名誉に恥じない仕事を遂行する)

  • 忠誠・・自分が正しいと思う事には忠誠を誓う。(忠誠が誓えないのであればどの部分が自分と意見が違うか確認する

とにもかくにも日本の道徳精神には、「武士道」があります。日本の教育の基礎は「武士道」だと思います。胸を張って生きていきましょう。世界中の一番強いのはサムライです。一番恐れられていたのも、の日本のサムライです。もう一度人を切るサムライは無理ですが、精神面だけでもサムライになりましょう。

楽しく働く秘訣だと思っています。宗教道徳よりも良いと思っています。さすが日本です。