大川市の「活気」とは??

活気無き大川市

「活気」の読み方は「かっき」です。
直訳すると、いききとした精気、勢い。だそうです。

 

「活気」の意味は、「いきいきとしていて活動的な気分」です。勢いがあって、どんどん前に進んでいくような、「盛り上っている気分」のことを指します。

 

「活気」は個人の気分だけでは使わなく、集団に対して使われる単語です。

 

「活気」ある大川市の歴史

近い言葉で「元気」がありますが、「活気」の場合は「気分」に重点が置かれた言葉です。
「元気」は個人を対象にした言葉ですし、体の調子が良い事にも重点が置かれます。

 

今日は失った「活気」をキーワードに色々と考え調べたことを記載します。
なぜタイトルに⑴が付いているかは、後半で記載します。

大川市の誕生

1954年に大川市が誕生しました。

そこから、毎年大川市の歴史には「活気」を感じます。

まずは、ざくっと市のHPから抜粋して記載します。

1952年:大川木工祭り開始

1954年:大川市政スタート

1955年:大川橋が開通

1956年:東大川駅が開通

1957年:大川商工会館誕生

1969年:大川花火大会開始

1960年:市の人口が5万人を突破

1961年:大川東・南中学校が完成

1965年:市民文化祭りの開始

1966年大川橋が通行無料

1967年:大川家具工業団地感性

1971年:大川産業会館完成

1975年:大川製材団地感性・大川商工会館完成

1979年:市民体育館感性

1981年:鐘ヶ江大橋が完成

1982年:古賀政男記念館が完成

1985年:大川インテリア課設置

1986年:木工創業450年

1987年:大川総合インテリアポート誕生・イタリアポルデノーネ市と姉妹協定締結

1991年大川市小学校新設

1992:いちごTV開局・天皇陛下が大川においでになる

1993年:大川中央公園遊歩道感性

1999年:藩境まつり開始

2006年:大川市民夏祭り開始

※ちなみに裸ん行に関しては17世紀から実施されていると言う記事を発見しました。そのため、上記中には除外させて頂きます。

 

「活気」があった頃の大川市

 

見て分かるように、近代史ではほとんど、新しい何か??については記載がありません。
無くなったモノは、多いです。

例えば、私が小さい頃は土曜市と言って、夏場の毎週土曜日はお祭りが開催されていました。

そんなに大きな規模ではありません。
小さな頃の記憶は、あまりありませんが、この土曜市だけは鮮明に覚えています。

とにかく楽しかったですし、いい思い出です。
大川市が一番良かった頃でしょうか・・・

 

その土曜市も、毎週が、各週に変わり、年一回に変わり、最後にはなくなりました。大川市が1つ「活気」を失ったと言うです。

 

無くすことは簡単です。
今年は、花火大会も無くなってしまいました。
無くす理由、出来ない理由などいくらでも理屈付けは出来ます。

 

逆に新しいことをやろうと思うと難しいです。
「活気」がある頃であれば、新しい事を創造する事も安易です。
しかし「活気」を失う事で一番恐ろしい事は、新しい事を創造する力を失うことです。

 

市役所のホームページなどを見ても、新しく生まれた事に関しては記載があります。また、土曜市など、無くったものは記載がありません。
いずれ花火大会も抹消されるでしょう。

誰にも分からず、ひっそりと無くなる事だと思います。
そして、やっていた事すら歴史から消える可能性が十分にあります。

 

これが歴史の恐ろしいところです。
歴史よりも古事記などの方が、信ぴょう性ある理由はここにあると思います。

 

大川の活気ある当時の調査

では、「活気」を取り戻す為には、「活気があった当時」の事を調べる必要があります。
そこで調査したのが、昭和53年から昭和65年当時の「市報」を調査しました。
多分ターニングポイントはこの当たりだろうと思い調べました。

このブログでは途中までしか記載しませんが、私には「市報」が「活気」を失ったターニングポイントをはっきりと見つける事が出来ました。

 

そこから、今何が出来るか??何をするべきか??少し見えたような気がします。数回に分けて私が感じた事を共有させて頂きます。
もっと過去の事まで遡って今後調査しようと考えてます。

 

昭和53年

昭和53年当時の大川市から調べて色々と面白い事実を発見しました。
まずは、簡単な事ですが、当時の人口です。

まだ大川市の人口が51,000人いた時代です。
「活気」があって当然です。その「活気」は市報からでも感じる事が出来ました。

第14回 市民文化祭

私はこんなチラシからも「活気」を感じる事が出来ました。
市民文化祭りだそうです。

とても「活気」を感じます。

なんかいい感じですよね??私はとても好きなチラシです。
何とも雰囲気があって、一周回って新しくさえ感じます。
次は上記で記載した、「夏の土曜市」

 

当時、どの程度の集客があったのか興味があったので調べてみました。

 

大川市夏の土曜市(来場者数2万人)

昭和53年に入っても活気は衰える事ありません。
私が上記で記載した、夏の土曜市です。来場者2万人ですよ・・・・
今の銀座通り・商店街を知っている人からすれば想像も付かないと思います・・・

当時の人口が5万人ですから、40%近い方が訪れた事になります。
もちろん市外からのお客様もいらっしゃると思いますが、当時のインフラ・自動車の普及率・宣伝の事を考えると、市外からの集客は、そんなに多くないと思います。

 

現在の大川市の人口は、34,000人です。40%の14,000人にきて頂ける市民祭りを開催して「活気」が戻ったと言う事になります。
盛行パターンは、14,000人の大川市民の方が訪れる盛り上がり(お祭り)を作る事だと思いました。

別にお祭りである必要はありませんが、当時の記事を読めば読むほど、大川市に足りないのは、盛り上がり(お祭)だと思えまた。

 

もちろん木工祭りが大川市にはあります。
しかし、当時の木工祭りの盛り上がりには驚愕しました・・・

 

昭和53年大川木工祭(来場者数30万人)

当時の記事を見ると、なんと来場者数が30万人と記載があります・・・
えっ単位間違えていないか・・・・とさえ思いました。

現在の予想ですが、盛って。盛って。盛って。15万人の来場者数だと思います。
中には20万人と言う記事も見ますが、私の肌感覚では、15万人です。

 

当時は今よりも、およそ倍近いお客様が、来場されていた計算になります・・・恐るべし昭和の大川市・・・・です。「活気」の素晴らしさを感じれました。

本当は、「大川市の過去」として一気にブログに記載しようと思いましたが、昭和53年だけネタが豊富でした・・・・
それだけ、当時の大川市には「活気」があった事の証明だと思います。

 

まだまだ小ネタはたくさんあります。
「活気」を感じる記事は、至る所にありました。

 

現在の難しい政治の事ばかりの「市報」とは、大きな違いです。
難しい話しはほどほどに、市民が楽しんでいる「活気」ある記事のオンパレードです。

何とも当時の大川市民が少し羨ましい気さえします。
もちろん、道路の整備、環境問題、教育、医療などテクニカルな部分は現在の方が恵まれています。

 

しかし、それと同時に「活気」と言う一番大切なものを失った気がします。

 

なんともセンチメンタルな気分になしました・・・

 

第一回大川市総合体育大会

これも私が小さい頃までやっていたと思います。
今では、私語かもしれませんが、我々が小さい事は、自分が、「00町内」であると言う事に誇りをもっていました。
同じ町内であれば、ちょっとしたファミリー感を持っていました。笑

今の小さい子供たちは、自分「00町内」である事を知っているのでしょうか??
そして、自分の町内に誇りをもっているのでしょうか?

 

町内同士で、かけっこ・綱引きなど、競い合う事は当時の大川市の「活気」になっていたこと間違いありません。

「活気」とは「盛り上がり」と「切磋琢磨」から生まれるのかもしれませんね。

ますは、「お祭」と「体育祭」と言うイベントの観点から「活気」を調査しました。次に興味があるのは、「政治」の観点から見る「活気」です。

 

もちろんその為には、選挙の記事を調べる必要があります。
これも大変興味深い内容でした。

 

昭和53年市議会選挙(投票率93.74%)

いやー。。。

先日「市議選挙なんて仕組みは現在で通用しない」とブログで記載しましたが、そりゃ当時には、必要だった事。そして、市民の関心度の高さが分かりました。

それだけ、選挙と市民の生活が直結していた事が分かります。
そして、これだけの選挙率です。そして、今みたいに高齢化も進んでいません。

公平な選挙をする事ができた時代ですから羨ましいです。
今を働き、これからを生きる若者の民意が届いてた時代です。

 

それにしても投票率93%・・・

恐るべし「活気」があった頃の大川市です・・・

 

更には、1人1人が、一癖も二癖もある市民だったと思いますから、政治家は大変だったと思います。

そんな中、30名の市議が選ばれています。

投票率93%の自治体で政治をする事って恐ろしいですよね・・・
どこに行っても気が抜けないでしょう。

 

当時の議員さんの心労を心から尊敬します。

 

まとめ

このようにどのページを開いても「活気」を感じる事が出来ました。
さてさて・・・なぜこのような記事を書いているのか??です。
じじぃみたいに「昔は良かった・・・」なんてぬるい事を言いたい訳ではありません。

 

数回に分けて記事を書きますが、私が何を言いたいのか??そして何をやろうとしているのしっかりと書きます。

そして、賛同頂ける皆様と行動を起こしたいと考えております。

 

とにかく面白い事やります。
そして、大川市に「活気」を戻してみせます。

 

まずは、大川市の「活気」の調査報告です。
長文失礼しました。

皆さまは大川市に足りない物は何だと思いますか??

そして具体的、かつ現実的に何が出来ると思いますか??

ぜひ考えてみてください。

 

私のこのブログでのまとめです。
大川市に足りないのは「盛り上がり」と「お祭り」「活気」です。