大川市政施行25周年

昭和54年

この昭和54年の大川市にも「活気」を物凄く感じました。
そもそも木工祭りの前夜祭で木魂祭が、風浪宮で開催されていた事を始めて知りました。
木の神様に、木工産業発展を祈願するイベントだったそうです。

トータル6日間に及ぶイベントだったと言う事が分かりました。

丁度このタイミングで今の大川市の市旗・市の花も決まったそうです。

糸山秀文さん(当時26歳)が作られたそうです。市報の応募を見てエントリーされたそうです。
その花には「カンナ」が決まったそうです。
「カンナ」はカンナ科に属し、春植多年草の花で夏から晩秋にかけて赤・白など多彩な色の花を咲かせます。

「カンナ」には永久という花言葉があるそうです。
水と緑に包まれた大川市の産業が、永久に続く事を祈って選ばれたそうです。

 

その他の主な活気

 

市民盆踊り大会

記事冒頭を見てください。
「恒例」と記載があります。私のはまったく記憶がありません。
いつまで続いていたイベントなのかとても興味深いですね。

そして、ちびっこからお年寄りまで1,000人近い人が集まったそうです。
ミニ花火大会なるものまで開催されたそうです。とても興味深いです。

 

サマーフェスティバルイン大川

見出しが最高ですね。
「真夏の夜、若者の祭典」ですからね。
とても興味深いです。若者だけで1500人を集めたイベントだそうです。

またこのイベントで大変興味深いのは、「若者宿」なるものです。
市長や教育長と200人の若者が酒を酌み交わしながら、大川市の将来像や人生観について朝まで討論したそうです。

今では少し考えづらいですね。
それだけ当時の若者には「団結力」と「革新」があったのだと思います。

 

まとめ

その他にも大川市で「活気」を感じれる記事はたくさん見つける事が出来ました。
しかし、昭和58年ごろから市報の毛色が変わります。
記事の中に「不景気」「衰退」などの言葉を良く見かけるようになりました。

 

しかし、「活気」はそのまま残っているような気がします。
いわゆるターニングポイントは、昭和58年だったことが良く分かりました。
私が生まれる2年前に、一つの波が変わったのだと思います。

その証拠に、大川市の人口が5万人を切ったのも、丁度このタイミングでした。

 

 

昭和57年2月は人口が、50,079人です。
昭和58年2月は人口が、49,895人となっております。

ここですね。
大川市は人口が最低でも50,000人必要な市である事が良く分かりました。
今では、34,000人程度です・・・

 

もっと早く、大メスを入れておかないといけなかったのでしょう。
家具とか、医療とか、教育とかそれ以前の問題です。
人口減にもっと頭の良い人達が、真剣に向き合うべきだったのかもしれませんね。

 

私が言う、「エロ動画廃止」「ラブホテル運転代行無料」「子供手当1人1,000万円」など冗談ではなく、真剣に考えて欲しいです。
「活気」とは個人単体では使わない単語です。
ある程度の人数必要です。

 

日本の人口は、年間44万人自然消滅してります。
大川市の人口が3.4万人ですから、大川市の人口の13倍の人数が自然消滅している計算です。
これは、とても怖い事だと思います。

 

日本が戦争を仕掛けられない理由はここにもあります。
他国からすれば、戦争する意味がありません。だってほっといても、勝手に消滅するのですから。
もしこれが、他国の陰謀であったのならば、核兵器以上の殺人行為です。

 

この現実をしっかり考えると、アホな政治家の「子供を最低でも、3人産んで欲しい」と言った意味がよく分かります。
その発言だけを切り取って、フェミの民達の発言を電波に乗せるマスコミにも問題あります。

 

人口が「活気」の根本的な部分です。
人口なき場所に「活気」は生まれません。

 

いきなり、大川市に人口を2万人増やす事は困難です。
しかし、大川市に2万人をオートマチックに集客する事は可能だと思っています。
大川市滞在人口5万人が、大川市の当面の目標です。

 

年2回の木工祭では、ダメです。
花火大会同様、コンプライアンスなど意味不明な言葉で、いつの日か消される日も来るかもしれません。
大川市には、2万人をオートマチックに集客する魅力はあります。

 

その魅力が可視化された「場所」が必要なだけです。
良く県外のお客様から聞かれます。

 

「今度大川に行くけど、どこに行ったらいい??」そう必ず聞かれます。そして必ずこう答えます。
「私がアテンドしますね」こう答えざる終えません。

なぜなら、大川市を理解出来る「本拠地」がありませんから。
私にお電話頂いた方には、私が案内できるからまだいいです。

 

しかしオートマチックな集客を考えると無理があります。
常時2万人をアテンドするなんて莫大な費用がかかります。

その為、大川市には発信基地が必要だと理解出来ます。
もちろん自己満足ではいけません。きちんとした構想が必要です。

これも構想を練り、進めておりましたが、意味不明な理由で断念せざる終えませんでした。
公有地8,000坪を活かした計画がありました。

 

 

色々と数字の記載がる資料は添付できませんが、写真は大丈夫だと思います・・・・笑
もちろん見た目だけではなく、「仕組み」まで考え構想をしておりました。
この事業を大川の皆様とやろうと、会社まで立ち上げて準備をしました。

 

これは、オートマチックに集客する為にはマストな事業・計画でした。
しかし、大川市は、これを蹴りました・・・・まったく意味不明な理由で・・・

 

この事が、どれだけ、大川市にとって損害なのかよくわかっていません。
市民の目線から言わせてもらえば「もったいなかった」です。

 

目先の利益を優先し、いばらの道を避け、平坦な道しか歩めない政治家などゴミ以下です。
目先の利益を無視し、いばらの道を歩き、市民の遠い将来を考え歩むのが、真の政治家だと思っています。
簡単に言えば、意気地なしに、政治は出来ません。

 

三島由紀夫・田中角栄のような豪傑が、今大川市には必要です。
人を多少傷つけつ覚悟がないと、本当の革命は起こりません。
政治家が本当の事を言えなくしまっている世論にも問題がりますし、そもそもマスコミは一旦全て閉鎖した方がよいでしょう。

 

人が多いほど「活気」を感じやすくなる事は間違いありません。
もっと定期的に大川市に人が来る仕組み、イベントが必要だと良く分かりました。

やはり今大川市に足りないのは「盛り上がり」ですね。
再認識しました。

 

⑴で、大川市に足りないのは「盛り上がり」と「お祭」だと書きました。

⑵で、大川市に足りないのは、「人口5万人」と「本拠地」と「本物の政治家」です。

 

一つずつ大川市に足りない物を記載して行きます。
最後まで考え抜く事が出来れば、今大川市の為に何をするべきか分かるような気がします。