家具の町大川市の始まり

すごく、良い記事を発見しましたので共有します。
下記引用です。

大川の歴史➀

-大川木工を生み出した御坊-

1536年室町時代、一人の武士が士分を捨てて出家し、大川へと移り住んだ。
名は榎津久米之介。共についてきた家臣達の生活を考えた彼は、大川に根付いていた船大工の技術を活かして指物(家具)を作るようにと命じたと伝えられている。

彼の言葉が家具のまち大川を生み出した。
「榎津船大工六九、大工二、酒見大工二、若津大工一」
天明8年(1788年)に記された一文から、大川が職人のまちとして栄えていったことがうかがえる。

引用終了

実は、私の実家は榎津にあります。
自分の名前が町の中になるのは凄いですね。

実際に銅像が見れるのは、大川市榎津にある願蓮時と言うお寺です。
今度からの大川研修に入れて良いかもですね。

深川造船所

1883:明治16年
開業した深川造船所

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家具の材料である木材の流通拠点のスタートです。
家具の町スタート地点だと言って良いと思います。

船大工の町から家具の町・・それよりも、192年からの風浪遇宮の歴史に唖然としました。

知っているようで知らない・・・これこそ歴史の難しい所ですね。
今後未来を語る上で、過去を知る事は当然必要です。
更に勉強をして、皆様に共有して行きます。

過去を知り未来を語る

我々が家具の仕事が出来るには、先人の功績あっての事です。
先祖崇拝とまでは言いませんが、人を想う心は持ちましょう。
先人の皆様に誇れる仕事、産地大川として活気を作りたいと思います。

未来を語るのは、そのあとのような気が最近しております・・・
最近は、過去への敬意を無視して、未来を語る若者が多いです(私含む。笑)
これが、若者が軽く思われる原因かもしれないです。

先輩方に世代交代して頂く為にも、我々が過去を知った上で未来を語りましょう。
特に大川は年長者が強いです。うざいです。笑
いつまでも、良いイスに座ってられる大川市もどうかと思います。笑

胡坐をかいている、爺様たちを脅かす存在になりましょう。
それが諸先輩方に対しての、一番の孝行かもしれないと思っています。
最近、工業会など大川市の集い??に行く事が増えました。
なかなか複雑な町だなと思っています。

団体の数は最盛期の時と一緒です。
売上は10分の1程度になっています。企業の数も一緒です。
そりゃみっともない利権争いが起きて当然ですね。

船作りの町から家具の町への変化は素晴らしいと思います。
もし未だに「船作りこそ大川」と言っていたらどうなっていたでしょう・・・
では”家具の町大川”この一つのキーワードに固執していいものかとも考えます。
大川市には革命が必用です。

過去と現状を否定・無視するのは革命とは言いません。戦争です。
革命とは、過去・現状を活かしつつ未来へとつなぐ事だと思っています。

私がこれからは、ロボットの町大川と言っても賛同者いないでしょう。笑
家具作りで得た人、モノ、金を生かした変化が必用だと思います。
船から家具から〇〇です。

〇〇を考えましょう。ロボットではない事は確かです。
その為にも過去を勉強しましょう。
大川市・家具業界・会社・家具・日本・世界などなど
過去を学んだ上で未来を語れる人材になりたいと思います。

会社も同様です。今年で50周年です。
革命が必要な年だと思います。
今までの会社の歴史を踏まえた上で、未来を考えましょう。

いきなりロボット作り、飲食店経営、など無理な事を言っても仕方ないです。
会社が今までやってきたノウハウを生かせる革命が必ずあるはずです。
事業部でも同じです。

革命が必要です。革命こそ新しい売上を作るうえで、大切な心構えだと思います。
今までの、一枚板商売で培ったノウハウを生かして考えましょう。
既存の商売に感謝して、更に新しい事へ挑戦して、企業を成長させる。

今会社に必要なのは、改善ではありません。改革だと思っています。
大川市に必要なのは、革命です。
家具業界に必要なのも革命だと思っています。
日本に必要なのは、革命では無く、改革・改善です。